ラダック~幸せとは編~
んー、このテーマが一番わたしに頭を抱えさせてくれました。
ラダックの人、全員とは言わないけど、ほんとうにお年寄りから若者までが、この伝統的な生活が続けば幸せって言ってるんだよね。
ほんとに??!って何度も何度も聞き返したし、いろんな質問投げたけど、satisfiedの一点張り(笑)
ちょう山奥で村の人口が100人もいなくて、街に行けるのも月に一回くらい。小さな病院と、高校一年までの学校がある。だけ。
医療費はほぼタダ。学校は制服代と教科書代くらいしかかからない。お店も無い。だからお金は使わない。
毎日同じことの繰り返し。毎日会う人は同じ。広大な自然の中の小さな小さなコミュニティで生まれて、死んでいく。
テレビもないし、パソコンや携帯があってもWi-Fi届かないから使えない。外の世界を知らぬまま。むしろ、わたしみたいな外国人に「なんでこんなド田舎来るの?」って。
んんんんんんんんんんんんんんーーーーーーー!!!!!笑
わたしは、外の世界を知らずに小さなコミュニティで一生を終えていくなんて嫌だ。耐えられない。だからじっとしていない。
わたしから見ると彼らは人生の選択肢がものすごく少なくて、平和学的に見ると暴力を受けていると言えるんじゃないかって。だって、生まれた場所が違うだけで、人生の選択肢が左右されるなんておかしいじゃん、って。
でも彼らにそれを言うと、「確かに君に比べたら人生の選択肢は少ない。でも僕たちは、これで満足している。」って。
そのときに初めて「はっ」と思ったのは、暴力を受けているのは自分の方だってこと。
ありとあらゆる選択肢が常にわたしを囲んでいて、何を選び取るかにいつも集中していなければならなくて、根本的な何かを忘れているんじゃないかって。
そんなに選択肢が無くても、元々あるものがあれば、小さな喜びも大きな喜びに感じられるんじゃないかって。
わたしは彼らに比べたら、暴力の塊の中で生きているようなもので、だからこうして死に物狂いで働いて、高いお金払って、海外に来てまで「幸せ」を問うている。
かわいそうなのは自分だ。なんてかわいそうなんだ!!!そのときすごく悲しくなりました。
彼らはそれが分かっている。分かっているから現代文化ともうまく付き合っていける。わたしは既に現代文化に埋もれた世界に生まれたから、それを知らない。でも、何となく分かった気がする。
難しいのは、ここで分かったことを如何に東京で実践するか。
何が きれい で 何が きたない のか。
何が 幸せ で 何が 不幸せ なのか。
何が 自然 で 何が 不自然 なのか。
就活なんかしないで、きれいで、幸せを感じられて、自然な生き方を実践できる空間を東京に作りたいよ。
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