おじいちゃん


先日、今年度1年間とっていた言語表現法の授業で最終の文章を書いた。
これまでは、先生に出されたテーマに沿って文章を書いたが、今回は最終ということでテーマは自由であった。

半年前くらいから最終のテーマは自由と知らされていたので何を書こうかだけずっと考えていた。
特に理由はなかったけど、ぱっと思いついたのはわたしが高1のときに亡くなったおじいちゃんのことだった。

おじいちゃんは、とてもひょうきんな人で、人というか孫を笑わせるのが大好きだった。いつも歌を歌って踊ってプロ並みの口笛を吹いた。

そんなおじいちゃんは、愛して止まないおばあちゃんにも、娘息子にも一切話したことのない過去があった。それは空軍として戦闘機に乗っていた時代の話。どこに行って何をしていたのか、おじいちゃんにしか分からない。


おじいちゃんは、ひざを痛めて歩かなくなってからボケが進んだ。元気も無くなって、趣味の絵も描かなくなった。同じ話を何度もなんども繰り返し話した。さっき話してたじゃない、という周りの言葉にいつもおじいちゃんは困っていた。

わたしが中学生に上がるか上がらないかくらいのときに認知症と診断された。
認知症は、脳が萎縮していって、新しいことが記憶できなくなって、新しいことから忘れていく病気。

だんだん孫の名前を忘れ、義理の息子に当たるわたしの父に 誰だお前は!勝手に家に入るな! と怒鳴りつけたりするようになった。
おじいちゃんの記憶の中は、きっと私たち孫も生まれてないし、娘息子はまだ結婚していない時代だったんだろうね。

自分が昼ごはんを食べたか食べてないかも分からなくなって、カップラーメンの食べ方も忘れた。
おじいちゃんの口から出てくるのは、空軍時代の掛け声とか戦友の話になった。おじいちゃんは、誰にも話せないほど思い出したくない過去の記憶の中で再び生きなければならなかった。

娘息子に当たる母や叔父叔母を忘れた。それでもおばあちゃんのことはずっと分かっていた。
その頃には、抜け殻のようになっていた。新しいことが記憶できなくて、新しいことから忘れていくと、何も無くなる。

そのまま、おじいちゃんは食べることも、生きることも忘れて、老衰で亡くなった。
おばあちゃんや母、叔父叔母に看取られたけど、おじいちゃんの記憶の中では一人ぼっちだった。
おじいちゃんのことを考えると、どうしようもなく虚しい気持ちになる。




そんなようなことを年末の授業で書いた。ひと知れず泣きながら(笑)

それが今日の授業で、当てられて、みんなの前で読むことになった。嫌な予感はしていたけど、やっぱりだった。

1/3まで読んだところから、気持ちがこみ上げてきて読めなくなった。辞退しようかなと頭を過ぎったけど、おじいちゃんの生きた証をどこかに残しておきたくて読み続けた。
結局、60人くらいの前で号泣しながら読みきった(笑)恥ずかしい(笑)


先生からのコメントは、
いい文章だったね。
あなたのおじいさんはかわいそうじゃない。僕は本と一緒で、あなたのおじいさんの記憶を持つ人が覚えている限り、おじいさんは生き続けていると思っているよ。本は誰にも読まれなくなったら終わりなんだ。少なくとも、あなたがこの文章を書いたことで、おじいさんのヒストリーはここに残る。
今回、あなたがこの文章をこのチャンスに書いたのは、おじいさんからのプレゼントだね。きっと、あなたがここに書くように仕向けてくれたんだよ。



他にも優しいコメントをたくさん頂いた。そうかもしれない。先生が前に、「文章とは本でも手紙でも詩でも、誰かに伝えたいから書くんだ。」って言っていた。わたしが、テーマは自由と言われて、おじいちゃんのことを書こうと思ったのは誰かに話したかったから。
わたしは長女で、おじいちゃんが亡くなったときも無意識にどこかでしっかりしなきゃ。という意識があって、泣かなかったし悲しまなかった。実感もなかったんだけど。
でも、ずっと記憶の中では一人ぼっちで亡くなっていったおじいちゃんが気がかりで、よく考えに老けたりした。
そういう気持ちを誰かに聞いて欲しかったんだね。
先生みたいな優しくて大好きな人なら、そういうレスポンスもくれるって分かっていたのかも(笑)

でも今日、そうやって先生にわたしの文章を読んでもらって、みんなの前で読めて良かった。ほんとは泣かないでちゃんと聞いて欲しかったなあ。残念。





今はもうおじいちゃんは一人ぼっちじゃないと思うんだ。なぜなら、わたしのひいおばあちゃんの妹が、おじいちゃんが亡くなった次の朝におじいちゃんがスキップしている姿を見ているから。




うん。なんだかいいぞ。


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